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ガンジス川でバタフライ

インドの汚い風景の中で見る長澤まさみはさぞかし可愛いであろうと思っていたのだが、おかしいな......。

どうやらインド国内にはその他の国には存在しない風化作用が存在するらしく、道路にはそこらじゅうに穴があいているし、建物は築年数の割に劣化している(その現象はインド人にも作用していると思われる)。長澤まさみに対してもこの風化作用が働いたようだ。

なんというか、長澤まさみ、宮藤官九郎、原作、それぞれがそれぞれの魅力を殺しあうというドラマであった。原作はおそらく数ヵ月かけていろいろ学びながら旅をしたのだろう、と思うのだが、二時間の短い尺と長澤まさみの演技のせいか、アホがインドに行って帰ってきた、という印象しか残らなかった。だが長澤まさみに関して言えば、ガンジス河で泳いだというただそれだけで全て挽回できる。あの河は本当に汚い。ドラマの中では人間の死体の話しかしていなかったが、たまに牛がどんぶらこしてくるし、近隣住民の糞便なんかもタレ流しだ。粘膜に変な菌が入りそうだったので、僕は膝まででやめた。まあ、あの河で泳いだ観光客が流されて死んだりしているので、泳ぐのは偉いというよりはDQNの領域なのだが。でも長澤まさみは可愛いのでよし。

ドラマの中で、英語がほぼ喋れない主人公が列車のボックスで一緒になったインド人と仲良くなる場面があった。コミュニケーションに必要なのは言葉じゃなくてオープンハート(オープンマインドじゃなくてオープンハートと言ってた気がする)なんだそうだ。オープンハートというのが一般的な用法なのか僕は知らないが、相手の話を聞く気持ち、自分の話を伝える気持ちみたいなものだと思ってよいだろう。僕も英語が達者なほうではないので、旅行中は相手に対する感謝なんかをうまく伝えられなくてはがゆい思いをすることがあった。僕は英語を勉強しなければなあ、と痛切に感じるとともに、そこでThank you!+オープンハートで満足できてしまう人間がいることに驚いた。たぶんそこまで感謝とかしてないんだろう。

知人にインドの話をすると、行くと人生感が変わるんでしょ、とたびたび言われる。作中のセリフにもあった。僕に関して言えば、人生観が変わるということはなかった。貴重な体験だったし、面白い国だなとは思ったけど。作中の主人公にしても、わたしはわたしでいいんだ!という日本でも十分到達可能な認識に達しただけのようだ。それほどたいした変化はないと言ってよい。インドに行っただけで悟りが開けるなら、インドの修行僧はなんなの?って話になるし。

そして、インドは比較的安全な国(ぼったくられたりはするが、命の危険は非常に少ない)なので、インドに行けたからって世界中どこでもTシャツで行けたりはしない(帰ってくるときに変わり果てた姿でもよいなら可能)。

ガンジス川

インドの全ての死を受け入れるガンジス川(ガンガー)。街ごと流しさってしまえ。

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